2023/11/26
4軒ハシゴの夜
今宵は群馬八幡にするか、高崎駅チカの界隈で済ませるか。
結果、後者になった。疲れてたのと、自分対店の人ならいいが、自分対店のお客さんも相手にできる気分じゃなかった。
となると、1軒めは七だな。
引き戸を開けた。マスターTさんが所在無げに暇そうにしてた。髷のままで随分と長くなったな。武道家か舞踏家だったのがアヤしい祈祷師みたいになってる。
「髪切らないの?」
「めんどくさくて」
「料理はめんどくさくないの?」
「笑、別に切らなくてもいいかなぁって」
髪を伸ばそうが髭を伸ばそうが個人の自由だが、どうもこの人の考え方ってようワカランところがある。髪を切るのがめんどくさいって?
何も考えてないのかも知れないが。
「達筆過ぎて読めん」
「どれッスか?」
「このかわはぎ・・・何て読むんだ?」
「かわはぎの肝和えです」
やっぱりそうか。後でお酒の時にしよう。だが、タイトルに合うとおり、今宵はこのトシで4軒ハシゴにTRYするのだ。1軒1軒は少量にしなくてはならないな。
おとおし、キュウリと、この白いのは何だろ。イカかなぁ。微かに燻製の香がしたんだよ。
だけどこの黄色い小皿、穴に親指を通して半月の外側を鋭利に研いだら、立派な暗殺用の凶器になりそうだな。
お次はカツオ、カツオもマイブームなのです。戻りカツオって美味しいね。初ガツオが出たときはそれが美味しいと思うけど、戻りが出たら断然、こっちの方が美味しく感じるもの。
カマスのフライ生野菜添え、あまり脂がのってるとは言い難いです。あっさりしている。
「今日は仕事っスか?」
「そう、大した案件じゃないけど。群馬に飛ばした女性社員で、初めてこっちで彼氏見っけて、名前が変わる子がいるんですよ」
「へぇ。こっちで」
「そうそう。今回はそれで来たの。その子から群馬に飛ばされる前に、群馬ってどんなとこですか?って聞かれて、いいところだけど君が赴任するところは古墳しかないよって言った」
「笑、何処に住んだんですか?」
「吉岡か榛東だって」
「ああ、ありますね古墳が。でも自分も学生の頃はアタリマエのように古墳とか見たし、あって普通でしたよ」
「山名の方にも古墳あったね」
「そうそう」
「神奈川には古墳なんて殆どないよ。開発でみんな無くなった。私も考古学とかサッパリなんだけど、あの土盛りの山は見てて萌えるね」
私はそう言いながら、古墳の形状を片手で形づくった。丸みを帯びた女性の裸身を描くように。イヤらしいな。
マスターのご実家の方にも古墳がポコポコあるそうである。私は古墳を見に行っても考古学がサッパリダメなので、人がいないのをいいことに登ってみたりとかね。首長のお墓をですよ。
純米酒にして、かわはぎの肝和え、ちっちゃいなぁ。
「引退してスポーツとかやらないんスか?」
相手を見て言ってください。
「やるわけないジャン。スポーツは身体に悪いと思ってるしね。パワハラの温床だし。プロスポーツだって結果しか見ないモン。でも歩いてますよ。1日に2万歩は普通に歩いてる」
「に、にまんぼ、ですか?」
「27000歩とか」
「!それって仕事で?」
「もちろん。歩かないと終わらないから。あそこへ行って、次にどこそこに行って、ラウンドするわけですよ。もちろんずっとずっとずーっと歩きっ放しってわけじゃなくて途中では公共交通機関を使うから」
「群馬じゃ考えられないっス。2万歩なんて」
「バスや電車がないからね。マックスで3万いったときが脚にきたけどな」
「!!!」
「くるま社会の群馬ではそんなに歩く人はまずいません」って言われた。前に椿町の食堂でも言われたな。まぁそうだろうね。
締めは石垣鯛の刺身、海鮮モノばっかりになっちゃったな。
私は会社命令で群馬に行けって言われて、会社命令で1年で帰京させられたのをまだ根に持っているのだが。
その頃住んでたマンションは今もあるけど。
「高崎ってマンション増えましたね」
「そうなんスよ。ウチのお客さんでも新幹線で東京まで通ってる人いますよ」
「高崎から東京まで新幹線通勤がオッケーなら、私だってこっちに住んで、東京まで通ったのになぁ。」
「笑、今からでも」
「それがさぁ」
実家を解体して建て替え中の話をして、
「なので、こっちに住んで東京に通うという、それは叶わぬ仕儀と相成りました」
七さんには来月、ジャン妻を連れて来ることになる。予約しました。
さて、七さんで生ビール1杯、純米酒をチビチビと1合、これだけじゃぁ当然腹持ちしないな。アテも海鮮モノ、それも刺身中心で小さいネタばっかりだったからな。
このときバスの時刻がちょうど良かったので、今から群馬八幡に繰り出そうかとバカなことを考えたのだが、あの店に行ったらアクの強い常連客たちにいい意味で絡まれて長居してしまいタイトルを完遂できなくなる。
銀座アーケードのあの店にしよっと。おでんで腹持ちさせよう。
錆びれているな。客引きもいなかったな。案内所にいたアニさんが私に一瞥をくれたくらいだ。
引き戸を開けたら盛況で、カウンター、詰めて貰って真ん中に陣取った。
見知った人もいた。これから店を開けるお水の女性や、遠方から出張で来た人、その人に「ここがこういう店だよ」「群馬はこういう土地柄だよ」と文化を吹聴する人、小上がりも殆ど埋まっていた。
「この人(私のこと)川崎の人だから」
「違いますって」
「ああ、横浜だっけ?鶴見って横浜なの?」
「まぁね。鶴見と川崎と蒲田は同じに見えますよね」、そう言って煙に撒いた。「神奈川から来た者」にしといてください。
お酒は銀盤(これしかない)のぬる燗にした。
「何で群馬なのにねぇ。ごめんね。富山の酒でごめんね。ごめんね。」
この時間でもう酔っぱらってますか。まだ19時過ぎですよ。
ポテサラ、この雑な盛り、投げつけたように盛ったでしょ。崩れてるし。
「こないだは来ていただいたのにお断りしちゃってゴメンなさいねぇ」(ママ)
「ええ、遅かったしね」
本音は「閉めるの早くね?」ですよ。引き戸を開けたらバッテンされちゃったのである。
21時前だったっけか。あの後は祭り囃子のリハーサル音から逃げるようにボンゴレ夫人のBARへ行ったんだった。
この店は何時までなんだろう。「あと1時間で閉めちゃうから」というので時刻を見たら19時過ぎじゃないか。20時クローズなのかもしれない。
それでいて「早い時間に来てもぜんぜんオモしろくないんだよぉ」と右端のお客さん、20時なんて東京では宴たけなわですよ。
まぁいい。さて、小腹を満たさなくては。
「おでんちょーだい」
「アイ、で、何?言ってみてくれる?」
「おでん、がんもどきぃ、大根、さつま揚げ、ニンジン、昆布」
「ええっと、何だっけ?もう1回、復唱してくれる?」
ヤバい、酔っぱらってる。
「こっちも覚えてない。嘘、そんなこたぁない。ええっとね、がんもどきぃ、(ああ、あったあった)、大根、さつま揚げぇ、(あったかな)、そこにあるじゃん、ニンジン、(デカいのを拾ってくれた)、昆布ぅ、(2枚くれた)」
ある常連さんが「マスター、まだ自分の酒、飲んでくれてないじゃん」
聞き違いではない。自分とこに酒がきてないんじゃなくて、自分の杯を飲んでくれてないという意味です。
だが私はマスターに注がなかった。マスターが言うには「医者に止められて。1日5杯はダメだって。なので3杯にしてるの」そう言うからである。これでも末端とはいえ医療業界の人間だからね私は。
大丈夫かな?
「でもあと5年は営るから」
昨年も一昨年も、「あと5年」って言ってたような。
では通り町へ戻ろう。BARが待っている。どっちへ先に行こうかな。